旅日記

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3日目(後) 8月16日


■要塞

「房総フラワーライン」である県道257を抜けて県道302へ。
もし、より海岸沿いに道があるならそちらを通る。

ところでこの旅で唯一の心残りが食事でる。
どうもタイミングが合わず、ほとんどがコンビニなどの弁当であった。

じわじわと空腹を感じて力が入らなくなった私は、昼ご飯を食べる店を探す。
……ない、ない、ない!
こうなったらコンビニでいいや。
……ない、ない、ない!!

ほんっとに店が無いのだ。
日本銀行券もつかえないど田舎め!などとののしっても無力なのは自分。
腹が減りすぎてかなり焦ってきたところ、「←大房岬」という看板を見つける。
ここには立ち寄ろうと思っていたので、左折。
私のイメージではちょうど銚子のような、眺めのいい崖と観光客がちょっといて、店もぱらぱらとあるようなところである。そこで食えればいいや。

ところがその先にはただただ続く山の道。
途中お店がいくつかあったが、蕎麦屋はつぶれ、中華屋は崩れ、なぜかひょっこりあったきたない赤提灯もしまっているのか潰れているのか。
「あれー、本当にこっちでいいのかなー」不安になりながらもカーブをまがると……出ました!そびえ立つ上り坂!

以下、気がつくと既に坂に入ってしまっていた私の心の葛藤の軌跡。
「ヤベ!坂じゃん。しかもすげ−角度。この先にほんとに大房岬ってのがあるかもわかんねーし、一度おりて飯食ってエネジー入れてからのほうが利口だなこりゃ。」
「ダメだ!ここで逃げてはいけない。」
「とりあえず行けるところまではいってみるけどー。と、と、ギアをさらに下げて……あれ、上手くはいんない。」

どうやら9ちゃんの24段のギア(フロントが1〜3、でそれぞれに1〜8段まである)のうち、フロントが1段だとチェーンが長すぎて入らないようなのだ。
これまでフロント1段なんて試したこともなかったから、この欠陥に気がつかなかった。

よれよれで悪戦苦闘して、なんとかギアを調節しながらも登っていたが、ついに完全にチェーンが外れてしまう。

「わー、本当かよ」
とうとう、坂の途中で降りてしまった。
手を油まみれにしながらチェーンをはめる。
しかし……すごい角度だ。
時々車が登って行くのだが、軽だといっぱいいっぱいでなんとか登っている程度。
その脇に上半身裸の男が自転車の脇で呆然としている。

「結局何段からなら入るんだ?」
自転車はペダルをこぐときにギアが変わるので、止まっていても確かめることは出来ない。

以下、再び葛藤。
「やっぱ一度もどって体勢をたてなおそう。ギアも確認できるし。」
「ダメだ!ここで逃げてはいかん。」
(結局2−3でも外れかけるので2−4にする)
「なんだよーこんなの普通の坂道用だっつーの。わかった。戻らないから1回休みたい。」
「だーめ!坂道の途中では止まらないって決めただろ。」
「だから1回だけ!」
「ダメだ!」
「休む!」
「ダメ!」
「休む!」
「ダメー!」

などとやっているうちに、うねりにうねって先が見えなかった坂道にもようやく頭が見えてきた。

「休む!」
「ダメ!」
「休む!」
「ダメー!」

……頂上が見えようが何しようが、その場が坂なら辛いものは辛いのである。
そんなことを繰り返しながら、ようやく坂が終わる。
「あーづいだー(あぁ、やっとついたぞ)」
汗はぼたぼた落ちてくるし呼吸もなかなか落ち着かない。
「休まないでよかった」
と一応の充実感はあるものの、道は続いている。
ちょっと休んでとりあえず前進。すると……。

なんとまたもや!すごい角度の坂道。
そしてまたまた坂に入ってしまっていた私。
「こんな道本当に岬につくのかよ!」
「とりあえず行ってみよう。」
「無駄なんじゃない?」
「とりあえず行ってみよう。」
「もう大房岬も行かなくてもいいんじゃない。」
「それでもとりあえずは行ってみよう。」

あえぎにあえぎまくっている私。
上を見ると苦しくなるので、じっと地面だけを見る。
汗が顔からぽたぽたと落ちて行くのを見下ろす。

時々車が追いぬいて行く。くっそー、絶対笑われてんだろうな。
でもかまっちゃいられない。
もはや汚い言葉も発することも出来ず、必死にこぎつづける。

するとそこに「↑大房岬」という看板が見えた。
「ほらみろ!やっぱりよかった。」
「でもこっからどれくらいかかるかわかんないじゃん。一度休んで呼吸整えさせて」
「ダーメだって。逃げんなって」
「ほんとに限界なんだって。休む!」
「ダメだ!」
「休むー!」
「ダメー!」

幸い看板からは距離は無く、なんとか休まずパーキングについた。
「ぶへー、ぶへー。」
車はかなり止まっていて人も多かった。さぞかし変な人に見えただろう。
とにかくたどり着いたようだ。ところが……。


■決意

なんと、そこには食べ物が無いのだ。
出店もないし、現地の人の生活感が全くない。
つまりただのキャンプ場のようなものだったのだ。

地図を見てみると、ここが域内の入り口で、ちょっと上るとA地点があり、ここから道がわかれるようだ。
そこからさらに上に行くとB地点として「第一展望台」と塔があり、A地点から横に下るとキャンプ場が二つあって、さらに下ると公道に出られるようだ。

「ショッケスト!」
つかれと暑さでわけわからないことをつぶやきながらも、この現実と向き合う。
腹が減ったが、ここには何も無い。
しかし今日の目的地のキャンプ場には着いてしまった。(実は間違っているのだが、ほんとにこう思っていた)
一度降りて飯を買って、もう一度登ってくるか。
それとも朝までこの空腹に耐えるか。

とりあえず第一展望台の丘まで登る。
10人ぐらいでピクニックしている人達がいて、おにぎりだなんだを食べている。
自慢のスマイルで仲間入りしようかとも思ったが、度胸がなくてやめる。

展望台から海を見渡す。絶景。
だがすぐ隣でバカップルが「あははは、あははは」なんつっていちゃついているのがカンに触る。
「けーーっ、早いトコ別れちまえー。」と心の中で強烈な念を送る……いけないいけない。腹が減ると人間もおかしくなるもんだ。
「蜂に刺されちまえ」に変えてその場を空けてあげる。

塔にも登ってみた。
んー、絶景!天気がいいし。
ただ楽しみ切れない。これからどーしよ。
A地点までもどり、キャンプ場を見に行く。
非常に良いところだ。自然も豊かだしシャワーもある。

「よし!」
私は決心した。
「もう一度登ってやる!!」

ここから域内をずーと下って行くと公道に出るはずなので、なんとか飯食って食料買いこんでもう一度登ったる。
ただ、降りた先にいい場所があったらショックなので、一応荷物は全て持って行く。
ちょっとディフェンシブだが、予定は立った。

まずは域内の道を下るのだが……これが速い!!
角度も急でカーブが多い。曲がるときにライダーのように体を斜めにしないとふっとばされそうだ。
面白かったがスリルでブレーキを連発。
よーしこのまま行けば公道にでるぞー。

と、極楽をたのしんで公道に出るはずが、なぜか先にはきらきら光る……海?
な、なんと坂道の先は磯だった。
ということは、あのA地点まで戻らないと公道には出られないのか……。
いまずーっと降りてきた道をまた登って、そっから買い物に行ってもう一度坂を登って降りてこなきゃいけないのか……。

そんなときに荷物も崩れてしまった。
あぁ無常。海では若造や家族づれがノー天気に楽しんでいる。
「どうしよう……」
ここまで頑張ったのに手で押して上がるのも癪だし、かといって登っていけるかっていったら、恐らく無理だし……。

とりあえずは荷物を乗せなおして、ケータイの電源を入れる。
親や友人からメールが入っている。ありがたい。
力が戻って来た。

絶対登ってやる!

一度磯まで降りて、Uターンする。おじさんが信じられない目で俺をみていた。
「みとけコンニャロー」
こんなとき、猪木さんのあの名言を思い出す。
「元気があればなんでもでぎるー!!!」
さすがは猪木さん。元気があれば出来るんだ、ということで元気を出して出発!


■美味しんぼ

立ちこぎで豊富な体重を最大限に利用して最初の坂を越えた。
疲れて早くも元気が尽きる。

と、そこにさっき降りてきた道とは別の登り坂があった。
地図を見ると……なんとこっちが公道に出る道だった。
「ラ、ラキー!」
加速をつけて一気に登ると公道に出た。
「やったー、公道にでれたぞ!」と一人葉っぱ隊の真似。
居酒屋、中華屋、そばやを戻って国道127にでてしばらく探すと「道の駅」発見!
かなりでかい。

とにかく何でもいいから食べたかったので、自転車を止めると一番近くの店に飛びこんだ。
カレーとパスタが置いてある店のようだ。
ガラっと扉を開けると、小さな店内にいっぱいの不機嫌な顔の客が、一斉にこちらを向いた。
「これはなかなか出てこないんだな」とピンとくる。

するとイタリア系の外人さんがでてきて
「ごめんねーお米なくなっちゃったね。パスタなら出来るけど」
うんうんうん。
カレー屋に米が無い、というシューレアリズムを笑えなかった私は、またきます、とでてきた。

が、どの店に行っても込みまくっていて食券すら買えない。
まだ2時にもなってないんだからなー。
しょうがないので地下でアイスとポテチをコーラで流し込んで腹ごしらえ。
なんかかえって疲れる。

しばらく自転車で流していると、ついに「→1.5km先セブンイレブン」との看板を発見!
ヤッタ!
とにかく駆込むように入って冷やし中華と今日の晩飯を買う。
と共になぜか「美味しんぼ」の最新刊も買ってしまった。
マンガ買うなんて何年振りだろう。とにかくラクに楽しめるものを求めたのか。

どこに行っても日陰は無いので、コンビニの駐車場で飯を食う。
このときばかりは太陽が痛い! Tシャツ脱いで背中は初めて焼いたせいか。
だか、既に腹はくくっていた。
「食い終わったら一気に登ってやる。」
こういうときは休んで体力を回復している暇があったら、行動してしまったほうが早いのだ。
どうせそん時には頑張るんだし。


■贅沢

再び元気を出して要塞の入り口へ。躊躇無く登り始める。
「えーっ、こんなにキツかったっけ?」
「大丈夫ですよ。」
「やっぱ1回休む。」
「ダメだって!」
心の葛藤は変わらない。必死に大きくS字を書いて登ってもキツイ。
ただ確実にゴールがこの上にあることを知っているので何とかのりきる。

すぐにキャンプ場に行く。
家族連ればかりで一杯である。どこもちょうどテントを張ろうとしている時間帯のようだ。
テントを張っているお父さんに
「すみません、こちらお邪魔していいですか?」
「ああ、どうぞ。子供がいるんでうるさいかもしれないですが。」
このお父さんも昔は自転車で旅をしていたらしい。ちょっと嬉しい。

テントを張ってシャワーを浴びに行こうと思ったら、係りの人に呼び止められる。
「あなた断ってないでしょう。」
「へ?」
どうやらここは予約・料金制のキャンプ場だったらしい。
えー、また追い出されんのかよ……、と思ったら
「今日は飛びこみでもいいです。料金を払って手続きしてもらえば」
8拍子ぐらいの勢いで何度もくびを縦にふり、610円払う。

本当は一人の人は泊めてはいけないそうだ。感謝。
その足でシャワー……というにはいささか寂しい、チョロチョロとした冷水で髪と体を洗う。
それでも体を洗うとほっとするなー。
心地よい脱力感が体に満ちる。

いま、キャンプ場から階段でちょっと登ったところの「第二展望台」でこの日記を書いている。
木陰のいすに座って、今にも沈んで行きそうな太陽と太平洋を真正面から見ている。
そうか、今日は海からの日の出をみてそのまま海への日の入りをみることになるんだ。
今日は日本で一番、このすばらしい太陽を満喫した気がする。

ここは本当に自然が豊かである。鳥の声も虫の声も緑も。
体を引力に任せるままに座ったまま、こんなことを考える。

目前には限りなく直線に近い水平線がみえる。地球はでっかい。
だけど私はここで自分の小ささを感じるのではなく、かえって地球にしっかり存在している自我というものを感じるのだ。
こんな贅沢に時間をつかえるなんて、俺はなんて恵まれているんだろう。

おかげさまで仕事があるから、生活できるお金もあるし休みも楽しめる。
体が丈夫だから、こんな思いつきバカな旅も出来る。
感受性があるから、ちっちゃなことに感動できる。
今は一人だけど、真剣に話が出来る友人達がいる。

自分一人では何一つ出来ないことばかりだ。
ありがたい。
しっかりと日常を頑張ろう。

やがて太陽も沈みだしたころ、ちょっとした雲にさえぎられて日の入りが見れなくなってしまった。
ここまで全てを満喫していたのに……。
朝の雲間からの光は真下に伸びていたが、今は空に向かって光の帯が伸びている。
パズルの最後の1ピースだけが足りなかったような気がしたのだが、その光をみて
「もう一度、パズルを完成させるために、もう一度来なさい」といわれているような気がした。

すっかり暗くなってきたとき、天然の狸が出てきてこっちをみている。
かわいいなー。

日の入りがみれなかったのは残念だが、今度の楽しみに取っておこう。
坂にも負けなかったし、今日は大満足の1日だった。
ゆっくり寝るぞー。背中が痛いけど。

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